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第175回 完全には愛されないと思う理由
執筆年  2007年   

画・ざむ姫

愛される努力が報われない理由から、

今日はさらに一歩突っ込んだお話です。

月

 

 


 

 

 

 

 

「愛してくれなった人」との関係で残った心の傷というのは、

表に現れるので苦しみやすいのですが、

その反面それほど深くはなかったりします。

 

むしろ、深い傷は「愛してくれなかった人」ではなく、

あなたを「愛してくれた人」との関係から生まれます。

とても深い意識の部分に、愛についての悲しい思い込みを

作ることがあるのです。

 

それは・・

 私を愛してくれた人さえ、ありのままでは愛してくれなかった

・・・ということ。


それが、

 自分は、永遠に、完全には愛されることはないのだ

と、愛されることそのもの思い込みになります。

 

人がいつの瞬間も、どんな自分も100%愛されていた、という確信を持つことは

ものすごく難しいことです。


親は普通、子供がいたずらしたら、「そんなことしたらダメ」と叱りますね。

電車の中で騒いでいたら、「走り回らずに静かにしてなさい」と叱ります。


親が本心からその子のことを思って教えている場合には、

その瞬間、子供がどんなに泣いてダダをこねても、

子供はそれに気付いて後々感謝するようになります。


でも!

親が「自分が怒られるから」とか、「親として恥ずかしいから」という

自己中心的な思いを持って叱っているとき、子供は敏感に察知します。

子供は、親が親自身のために自分を叱っていることをわかってしまいます。


また、愛情表現が自分の望んだとおりのものではなかったとき

自分は愛されない存在なのだ、と思い込みます。

例えば、抱きしめて欲しかったのに言葉しかかけてくれなかったとき。

目を見てくれなかったとき。

話を上の空でしか聞いてくれなかったとき。

 


そんな小さな一瞬に、ありのままの自分は愛されない、

という思いが残る場合があるのです。


きっと、子供を持っている方は胸が痛いでしょう。

僕も痛いです(笑)

これは誰でもついやっちゃうことなんですよね。


きれいな部屋では汚れがかえって目立つように、

子供は、親が自分のことをほとんどの瞬間は愛してくれているが故に、

愛されなかった瞬間を見つけます。


そして、

自分は、永遠に、完全には愛されることはないのだ

というとても小さいけれど、人生に影響を与える

「愛についての絶望の破片」を心に残してしまうのです。

 

 

さて、今日は簡単なイメージワークをやってみましょう!


あなたを一番愛してくれた人のことを思い浮かべてください。

その人が愛してくれたときのイメージを「月」に例えて思い描いてみます。


その月はどのくらいの明るさでしょか?

どこか欠けている部分や暗い部分はありますか?

 

次に、月の光の源は太陽の光だということを思い出しましょう。

昼でも月は見えます。

月の光を見ながら、太陽の完全な愛を浴びてください。

太陽の光の中で、あなたのありのままでは愛されないという

思い込みが癒されていくのを感じてみましょう。


月の明りが欠けていても、それが、あの人の精一杯の愛し方です。

月が三日月でも半月でも、本当の月が丸いことには変わりがありません。

満月になる日がいつか来ます。


そして、あなたは月よりももっと大きな太陽に完全に愛されています。

それを人は「神」と呼んだり、「宇宙」と呼んだり、

時にはただ「存在」と表現することもあります。



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